木村 智映「パソコン、スマホ...」その2
光も何もよく分からん私でも、適当に撮った写真の被写界深度や明度、色合いまでアプリで変えられるのです。
お菓子食べながら。
しかしそんな写真を"作った"後にはきっと首や肩が凝っているでしょう。
眼を磨く爽やかさなど、分かっていませんから。
便利になるほど、
誰でも
簡単に
同等な
モノが作れてしまうのです。
身体も感覚も無視して上等っぽい何かができてしまうのは、もはや人間の退化ではないかと思っています。
デバイスがどの様な変化をしていくかは、
今の流れを見る限り人間の退化を加速させていくのでしょうね...。
ですから皆さん、道具に振り回されない様にお気をつけください。
デバイスの進化は悪い事ではありません。
勘違いしてしまう人間が悪いのですから。
肩肘張りながら写真編集をしても
光は分かりませんし、
顎を突き出しながら音符を並べても
音は分かりません。
電子書籍の情報と
紙媒体の情報とは、入ってくるものが何か違うのです。
(↑この辺りは、内藤トレーナーの解析を待つばかりです...!!)
自然を、自分をありのまま見ることができて初めて感覚に寄り添うことができる、その様に魯山人の言葉を解釈しました。
私はこの記事を出来る限り良い姿勢で作成していますが、
文字の形も筆圧も、伝わる事はありません。
影響があるのは、せいぜい拙い言葉選び位でしょうか。
道具の前に自分磨き!
ホント、まずはそこからですよねm(_ _)m